自動運転のニーズがあるか否かよりも、忘れてはいけないこと

   

夕暮れの高速道路

完全な自動運転の実現に向けて、技術的にも急速に進歩してきている昨今、ある一定のニーズがあることも事実ですが、私が危惧しているのは、もっと根本的なトコロにあります。今回は少し心情的な部分もありますが、自動運転の実用化に向けて進んでいく自動車業界において、忘れてはいけないことについて書いていこうと思います。

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自動運転とは

まず最初に、自動運転の定義を確認してみます。

・レベル0

ドライバーが常にすべての主制御系統(加速・操舵・制動)の操作を行う。前方衝突警告(FCW)などの主制御系統を操作しない運転支援システムもレベル0に含む。

・レベル1

加速・操舵・制動のいずれかをシステムが行う状態。自動ブレーキなどの安全運転支援システムによる。

・レベル2

加速・操舵・制動のうち複数の操作をシステムが行う状態。アダプティブクルーズコントロール(ステアリングアシスト付き)等がこれに該当する。ドライバーは常時、運転状況を監視操作する必要がある。その為、2014年時点で市販されているシステムはある程度の時間(10~15秒等)、ハンドルから手を離しているとシステムが解除される等の仕様となっている。

・レベル3

加速・操舵・制動を全てシステムが行い、システムが要請したときはドライバーが対応する状態。加速・操舵・制動を全て自動的に行うシステム。通常時はドライバーは運転から解放されるが、緊急時やシステムの限界時には、システムからの運転操作切り替え要請にドライバーは適切に応じる必要がある。事故時の責任はドライバーとなる。レベル3に該当するシステムは2016年時点で市販されていない。しかし、2016年時点で多くの自動車メーカーやその他の企業が、レベル3相当の自動運転車の市販に向けて開発を行っており、日本政府も2020年までにレベル3自動運転車の実用化を目標としている。

・レベル4

完全自動運転。加速・操舵・制動を全てドライバー以外が行い、ドライバーが全く関与しない状態。安全に関わる運転操作と周辺監視をすべてシステムや外部に委ねる。有人、無人両方がある。レベル4に該当するシステムは、上記の鉱山等で運用されている無人ダンプや無人軍事用車両等、特殊環境で運用されているもののみで、一般市民が公道を走れるものは2016年時点では市販されていない。

wikipedia:自動運転の定義より引用

2016年現在、レベル2までは実用化されているようです。レベル2からレベル3に上がるハードルは、決して低いものではありませんが、いずれはクリアしていくでしょう。

ニーズはあるのか?

国内大手の自動車メーカーは、競い合うように自動運転技術を開発しています。巨額な開発費を回収できるだけのニーズ(需要)がなければ、開発なんてしないでしょう。もしかしたら、国から補助金のようなものがあるのかもしれませんが。

とあるアンケートによると、自動運転車を購入してみたいという人は、およそ50%いるとのことです。理由は「安全性」が一番多いです。対して、購入したくないという人の理由として、「安全面での不安」が挙げられていました。

どちらも「安全性」が一つのキーワードになってきそうです。

安全性が「完全」に保証されているのなら、もう少し「購入してみたい」と回答する人も多くなるようなアンケート結果ですね。ですが、システムに完全なものなんて無いのも事実。システムを構築するのは人間なわけで、人間は必ずミスをするし、機械は必ず壊れるものです。

自動車のフェイルセーフ・フールプルーフは何かが違う?

自動運転のメリット

ニーズがあるのかを考えるには、メリットを考える必要があります。メリットがなければそもそも売れませんし、売れなければ開発する意味もありません。

よく言われている、自動運転のメリットとして、下記が挙げられます。

  • 事故防止
  • 渋滞緩和
  • 交通弱者(高齢者)の移動手段
  • 輸送コスト削減
  • ドライバーの負担軽減

この中で消費者にアピールしやすい要素としては、事故防止、高齢者の移動手段、ドライバーの負担軽減でしょうか。人間、楽をする生き物です。楽をするために技術は進歩してきたと言っても過言ではありません。

車を、便利な移動手段ととらえている人にとって、自動運転はメリットが大きいと言えますし、ニーズもあるでしょう。公共の交通機関が発達していない、地方ほどニーズも高まっていくでしょう。

実際に車を必要としている人は意外と少ない?

私もですが、車がなければ生活が困難な地域に暮らしている人にとって、自動車は必需品と言えます。しかし、人口の大部分が、交通機関の発達した都市部に集中している現状、車がどうしても必要だという人は、意外に少ないのではないでしょうか。

その少ない「車が必要な人」のうち、自動運転車が必要な人は、ごく限られた高齢者や障害者に絞られてしまうことでしょう。

この限られたニーズに、巨額な研究・開発費を投じて自動運転を推し進めていることに、少なからず違和感を感じてしまいます。自社の技術力をアピールする狙いがあるのか?法律的に自動運転車を義務化してしまうのか?私にはわかりませんが、何かモヤモヤした気持ちになってしまいます。

自動運転に向かう時代に忘れてはいけないこと

このブログの一番最初の記事にも書いていますが、車は凶器です。これはどんなに技術が進歩しても変わらない、本質です。

クルマは凶器か?テクノロジーの進歩により忘れ去られるモノ

自動運転の開発も後戻りできないところまで来ていますし、技術も急速に進歩しています。近い将来、自動運転車が街中を走り回る時代が来るでしょう。

新しいモノへの興味で購入するのか、必要に迫られて購入するのか、利便性のために購入するのか、様々な購入意欲があるかと思いますが、車は凶器(用法上の凶器)だということを忘れてはいけません。

既にAT(オートマ)の普及で、そういう意識が薄れている方もたくさんいらっしゃるでしょう。今や車は誰でも気軽に乗れるモノ・・・なのです。自動運転車ともなれば、車が凶器という意識は全くなくなってしまうかもしれません。

私が一番危惧しているのは、この部分です。どんなに安全性や信頼性が向上したとしても、基本的には1トンを超える鉄の塊です。ぶつかればタダでは済みません。ドライバーである以上、自分で車を扱うという責任を放棄してはいけないと私は考えます。

どんなに便利であっても、命に関わることに背を向けてはいけないのです。

まとめ

私は自動運転には否定的です。面白くないのもありますし、つまらないとも感じます。確かに自動運転が実用化されれば事故は減るでしょう。人間よりもコンピュータのほうが的確に車をコントロールできるのですから。

でも、最低限、「命を奪いかねない乗り物」を使用している責任を放棄してはいけないと思うのです。どんなに面倒でも、ハンドルだけは離してはいけない・・・そう思うのですが、いかがでしょうか。

それでは、良きカーライフを。

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